2017-10

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| 2009.10.10 - Sat  |  泣き、寝入りつつ。 |

「mekeちゃんはまだ神の気配が日常に残ってる所で生まれたんだね」

と、以前島に案内したある人から言われたことがある。
気配、であって神の存在そのものが日常に隣接しているわけじゃないのがポイントだ。
そりゃ墓場と生活空間が密着していたり、先祖崇拝行事が他の地域より頻繁にあったりはするけれど
今や祭祀は共同体の存在価値を再認識する為の装置であって、
誰もが神と交わることのできた時代ではないし、そういう土地でもない。
ごく普通の、日本の一市町村に過ぎないと、私は思っている。
バイトから帰ってきてテレビをつけたら、
まさに神と交信し、神と共に生きる人間の姿が映し出されていた。
いつかのNHKスペシャルの再放送だ。

『ヤノマミ/奥アマゾン 原初の森に生きる』

”最後の石器人”と呼ばれる、幻の部族ヤノマミ。
ヤノマミとは「人間」を意味し、取材班などそれ以外の人間は「ヤプ」と称され、それ以下の存在とされる。
彼らはほぼ裸で過ごし、狩をしながら移動生活を営む。
彼らの精神世界と森は常に一体であり、


「人は森に住み、森を食べ、森に食べられる」


男は狩りで獲物を捕まえることができなければ一人前とみなされない。
弓と矢と持ち、縦横無尽に木を上り下りし、ジャガーの声真似をして猿を追い詰める。
体長5,6メートルはあろうかという獏を仕留め(バクってアマゾンにいるんだ!)、
採った獲物は部族間で平等に取り分ける。


サルの頭を美味そうにかじってわらう子供の笑顔。
チョコレートを嬉しそうにかじる子供の笑顔とさほど変わらない。
番組ではふれていなかったけど、こうも悠々とサルを食べる姿をみていると、
カニバリズムがさほどタブーとされない社会も存在する(した)のだろうなどと思ってしまう。

さて、自分がもしこういう部落で明日から生活せざるを得ない状況になったとして
サルは食べられるだろうか…あるいは獏は、と妄想してみる。

泣きながら、何とかいけるかもしれない。
ただし、耐性がないからすぐ吐くだろう。
細菌等にも耐えられないだろうし、下手したら死ぬ。
大体イナゴの佃煮ですら大きな壁であるし、相当無理しないとダメだろうな。
要はとっても足手まといの「ヤプ」に成り下がるわけだ。
私はこの社会でしか生きてゆけず、あの森の中では全く無駄な存在だ。

取材班は部族と同じものを食べて150日間生活を共にしたというが、
狩もできず、奇妙な装置を持ち歩いて自分達の日常に密着する「ヤプ」は
きっととても迷惑かつ面倒な存在だったろうなーと思いながら観る。
実際そうだったのか、そのように編集してあるのか、
部族と取材班との交流というような場面はほとんどなくて、
ナイフを削りながらこっちを観る目線が、時々獲物を観る目線になっている。
憎悪の眼ではなく、「足手まといだなあ、食い物ないし、何なら食べたろか」って眼。
食われる心配を、取材班は一度ならずしたはずだろうと想像する。


病気は精霊によってもたらされるもの。
なので、シャーマン達は幻覚剤を使用し、トランス状態になった上で精霊を追い払う。
その迫力たるや、私が精霊なら尻尾巻いて逃げ出すであろう力と祈りが込められていて。
病は気から、というならば、間違いなく全身全霊の気で病を重服する姿に感動する。
どこぞのインチキスピリチュアルの類とは全く違う、
あれは明らかに人に命を吹き込み、神と自由に交信することのできる人間だ。


出産は森の中で女たちだけで行われる。
だが産まれてすぐの胎児は人間ではなく、精霊。
母親はすぐに子供を抱き上げず、人間として迎え入れると決意したとき、
胎盤と臍の緒を切り離し、胎盤をバナナの葉にくるんで木に吊るし、白蟻に食べさせる。
この儀式が終わって初めて、人間として抱き上げるのだ。
その微笑みは世界中、どこでもみられる母親だけが持つ微笑みだ。

しかし。

時に母親は「精霊のまま天に帰す」決断を下すこともある。
その時はどうするのか?

胎児をバナナの葉にくるみ、白蟻の巣におさめて「天に帰す」のだ。

人間として迎え入れた以上は、部落の人間全員でその子を守り育てる。
だが、精霊として帰す決断を下し、森の大きさにその命を委ねると決意したとき、
母親以外の人間はその存在を忘れなければならない。
生まれた胎児の半分が、そうやって森に捧げられるという。

狩でいつも獲物が採れるとは限らないのだし、
恐らく太古から存在する人口抑制の為の手段なのだろう。
いや、手段という言い方は傲慢か。
そういう共同体幻想を持たなければ、人間は生きてゆけないのだから。

ブラジル政府が彼らに僻地医療を行いはじめてから、
彼らの人口は増え続けているという。
裸の中には簡単な洋服を着ている者もいるし、鉄製のナイフも使用している。
一夫一妻制ではあるが、子どもは生まれ続ける。
11歳の少女も、14歳の少女も、出産直後に決断を下さなければならない。

「じゃあなぜ妊娠するの?させるの?」

といった問いはまだ存在しない。
人として受け入れるか、帰すか、それだけだ。
考え始めたら…そうした生き方を受け入れられなければ、
この社会で人間として生きていくことはできないのだろう。

少女は決断し、胎児はバナナの葉にくるまれる。
途端に、さっと日常に戻ってゆく人々。
そこには同情も、悲しみも、安堵も見えない。

夜、母親だけが子を想ってひっそりと泣く。

私も一緒に泣いてしまう。

何が悪いでもない、そうでなければ生きていけない社会。

人間という生き物について考えて、泣いた。


人間は他の生物を、時に同朋を殺さなければ生きていけない。
それを「文明」を切り捨てる代わりに受け入れ続けてきたのがヤノマミ。
受け入れを拒みつつも、彼らと異なる「宗教」や「文明」を築きあげて「懐柔」してきたのが「ヤプ」であろうか。

あと数十年も経てばきっとヤノマミの生活はもっと激変するのだろう。
世界がさらに一世紀続くのならば、その時はきっと彼らも我が島と同じ、
「神の気配を感じながら生きるブラジルの人々」となっているかもしれない。
今は政府が立ち入り禁止区をもうけ、宣教師ですら入り込めない「聖域」なのかもしれないが。

ヤノマミはただその環境に適応して今の生活を営んでいるのだけだ。

新たな生存競争、価値観の間でいつか変化せざるを得ないだろう。

その時産まれる子どもたちは、どうやって天に帰されるのだろう。

幻想はまだ生き続けているだろうか。


そういうことに思いを馳せていると、

すぐ側にある子供の笑顔が、どれほどかけがえのないものであろうかと

感動し、泣きながら。

…気付けばまたうたた寝をしていた、という土曜日の夕方でした。


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