2017-09

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| 2009.08.02 - Sun  |  「ふるさと」までの距離感 |

先日は巫女バイトでございました。

が、神社にたどり着いた途端におっそろしい大雨が!!

やー あんな大降りは久々に見ました…1メートル先が見えないの!
後でニュース見てみたら、京都ではあの時間帯、突風と共に電柱が折れたり床上浸水した家屋もあったりと大変だった模様。。今年は異常気象だよね~って言い続けて久しいような気がしますが…やっぱ異常だよね~


…で、前の記事でお知らせしてますが、よりによってお盆の送り日に私、妖怪となる予定です。
仲間募集の誘いは「ゴメン、帰省するんだよね(苦笑)」という至極真っ当な返答の元に撃・沈☆

で、お前は帰らないのかいなってところですが、沖縄のお盆は旧暦なのでちょっとズレるのです。
今年は9月1日~3日の模様。
しかしまあ、距離が距離なのでここ数年盆に帰ることもないですね…
飛行機代バカ高いし。。路線はどんどん減らされるし(泣
そもそも一年中、兄弟姉妹が入れ替わり立ち替わり帰省してるので特に盆に帰省にこだわることもない我が家でございます。

…で、どうせなので久々に島記事でもUPしよと思います。


島、島ゆってますが、具体的に〇〇島、とこれまでこのブログで明記したことがなかった気がします。
理由はですね…まあヘタレと笑ってください…ちょっとわかる人がブログ読んだらmekeが何者かなんて一発でバレちゃうくらい、島社会ってのは狭いもんなんですよぅ^^;
まあ知人友人くらいなら今更気にしないんですが、万が一家族にバレたら、私、間違いなく失踪しますww
案外細かい検索かけてくる人多いんだよなあこれが…弟あたりが危ない気がする(--;)

しかしまあ、それが原因で今までオブラート(すぎ)に表現してきたきらいがありますので、きちんと読める文章にするためにも島名くらいは挙げようかと思います。

というわけで、私の生まれ島はコチラ↓

yaeyama1.jpg

挙げて…ない、ね、はははは。

…改めて地理環境など確認してみます。

東京から1500キロ、那覇から南西に410キロの位置にある、有人島嶼群、これを八重山諸島といいます。
地元では「やいま」とも発音します(そういう泡盛の銘柄もあります)が、「やえやま」と読みます。
経済、交通の中心である「石垣島」を中心とし、以下の有人島嶼で成り立っています。

yaeyama2.jpg

日本最先端の島、「与那国島」だけ点線で囲われてるのに注意。
この島は石垣島から離れることさらに117キロ、対して台湾との距離はわずか111キロの国境の島。

全国お天気ニュースに限らず、南西諸島の地図は通常点線で区切って任意の場所に示されがちです。
ウソみたいな話ですが、巷の小中学生の一部にはマジで鎖かなんかで区切られた箇所(九州の左上とか)に「沖縄」がある、と思ってる子もいる…らしいッ!!
かくいう私も小さい頃の「頭の中の沖縄地図」はコレだったもんね。。↓

utiwa.jpeg


…えー、これはですね、1967年から93年まで離島を繋いでいた南西航空(現JTA日本トランスオーシャン空港)の機内におかれていたうちわ。
まだYS機が活躍していた時代の名残か、空調設備が整って以降も座席シートにあったと記憶。

なんという大雑把すぎる島のセレクト、縮尺…!!

沖縄本島より久米島が大きいとはこれ如何に!?


おかげで宮古・石垣は隣同士だと思ってました…

沖縄本島までシュノーケル程度で行けると思っていたり、人魚はマジでいると思っていたり。。

子どもの想像力(勘違い)は無限ですね…

おっと、閑話休題。。


まあそんなわけで、一口にいって、「遠い」ですね。
でも便数減ってるとはいえ、特に我が島とは都市圏主要空港から直行便が飛んでいることもあり、二時間半、うたた寝でもしていればすぐに着く…というわけで、日常感覚として「遠い」と感じたことはありません。
しかし、時代を遡って飛行機を乗り継いだ時代、船しかなかった時代、米軍占領治下で渡航にパスポートを要した父や母以上の世代にとってみれば、「内地」との物理的、心理的距離間は今の比じゃなかったはずです。
というかこの「距離間」の変化、私自身も如実に実感しています。
それは何より「言葉」にハッキリ出ていると思う。

小さい頃の私達は、沖縄本島のことを「沖縄」と呼び、「八重山」とは区別していた。
そもそも、「沖縄」なんて滅多に行くことのない都会だったし、小学校の修学旅行も「沖縄」だった。
それ以外の「日本」は「内地」もしくは「本土」と呼んで区別し、さらに遠いイメージとしての都会でしかなかった。

でも今「沖縄」は、八重山も含めての「沖縄」と呼ぶ(捉える)のが普通だし、「内地」の持つ響きもかつて持っていた「おぼろげなイメージとしての都会」とは違う。「本土」と呼ぶ人なんて、同世代以降ではみたことがない。「ヤマト」に至っては論外。
勿論、団塊の世代よりちょっと上のうちの父や、それ以上のじーちゃんばーちゃんは今でも使うけど。

この距離感の変化を生じさせた契機となった年、それが1993年じゃないかと私は思ってます。
この年7月、南西航空はJAL傘下のJTAと社名を変更し、初の本土直行便である東京―石垣間を就航。
それだけではない、この年12月には民放のRBCとOTVがよーやく開通しとるのだ。
そう、それまでの八重山諸島ではNHK総合と教育、2局しか視聴できなかったのです!!
あ、一部ご家庭では衛星放送アンテナつけてるとこもあったけどね。

何が大変って、「お子様娯楽番組」がNHKには少ないわけで(私が昔の教育番組に異様にこだわるのは、それしか観れなかったから)、ひとたび一大事がおこると2局しなかないTVはそれしか放送してくれないのだ。

まあ具体的に言うと、昭和天皇崩御の時と海部首相辞任(91年)の時ですね…
2局をどんなガチャガチャ回しても(アナログすぎw)、よくわからん緊急ニュースしかやってない。。
特に海部辞任の時には『生き物地球紀行』が潰れて泣いた覚えがあります。。


おおお、またしても脱線(;;)

…そう、今日のお題は「ふるさと」の距離感。

インフラが、メディア状況が整備され、「沖縄」は今までになく外に向かって「開かれて」いる、とも言える。
「内地」との距離はますます縮まり、最早「島ナイチャー」という言葉さえ死語になりつつある状況かもしれない。

・・・本当にそうだろうか??

2001年、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』が放送され出した頃から、「ふるさと」を思うとどうも不安になってしまう。
さらに放送終了間際に9.11テロがおこったりしたもんだから、それでも『だいじょうぶさ~沖縄!』なんて言わなきゃ食っていけない島の未来にはどうしたって不安になる。

漠然とした、いつまでも漠然とした不安で、だから何が問題でどうすべきか考えなければいけない、と思いながらもう26にもなってしまったのだけれど。。

「沖縄」と簡単に括ってしまうほど、語ってしまうほどに、「沖縄」とは何であるかを、他ならぬ沖縄人(敢えて県民とは言わない)が考えなくなっている…という危機感。

あるいは、

情報は溢れ、ますます「沖縄」という名のふるさとは身近なものになりつつある…ように見えるだけで、これから沖縄がどうしていくべきか、特に若者にそうした危機感がほとんどない、という危機感。

ふるさとに帰る度、一抹の憂鬱感と「何かしないと」という義務感?にさいなまされて戻るハメになる。

とはいえ、私を象る原型である「ふるさと」が、私にはやっぱり大切なわけなので。。
憂鬱になろうと無力感に打ちのめされようと、それはそれ。
やるべきことをやりつつ、考えなくちゃ、と思う今日この頃であります。


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