2017-10

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| 2007.08.19 - Sun  |  8月、晴れ。 |

朝一番、現場からの電話で起こされる。

ものすごい勢いで怒られる。

金曜日にやっつけで片付けた仕事にはやはり大穴があって、現場の怒りは尤もなのでただ謝るしかない。



中途半端でなかなかうまくいかない。

もっと静かに考えないといけない。





異常な暑さが続く日々、ようやく和らいだ日差しとすずやかな風。

電話のあとはただゆっくりとだらだらとクッションの上でまどろんでいた。

ゲームをしたり、本を読んでみたり、過ぎ行く夏の特集番組をみては暑さ以外に「夏」を感じる閑もなかった日々を思い出してみたり。





――本、今日電車の中で読み終わった本はコレ。





ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死 (中公文庫 い 103-1)

ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死 (中公文庫 い 103-1)

稲泉 連





8月15日を前にして、何か新しく読んでみようと思って本屋をうろうろしていたら目についた。

筆者の稲泉氏は1979年生まれのルポライターなので、私とは同世代といっていい。

竹内浩三というほぼ無名の詩人を巡るルポである。

彼は1921年に生まれ、1945年、フィリピンのバギラ島で23歳で戦死した。



本書自体は決してそんなに強くひきつけられる文章ではないのだが、ぱらっと捲った最初のページからとびこんできた浩三少年の笑顔があまりにも素晴らしかったので、その屈託のない笑顔についついつられて次のページをめくってしまう。



そして現れた最初の詩。







この空気

この音

オレは日本に帰ってきた

帰ってきた

オレの日本に帰ってきた

でも

オレには日本が見えない





空気がサクレツしていた

軍歌がテントウしていた

その時

オレの目の前で大地がわれた

まっ黒なオレの眼漿が空間に

とびちった

オレは光素(エーテル)を失って

テントウした





日本よ

オレの国よ

オレにはお前が見えない

一体オレは本当に日本に帰ってきているのか

なんにもみえない

オレの日本はなくなった

オレの日本がみえない






(『竹内浩三全作品集1 日本が見えない』竹内浩三/著 小林察/編 2001/藤原書店)







『骨のうたう』という「反戦詩」が最も有名だという。

が、このルポの中で幾つか引用された詩の中で一番印象に残ったのはこの『日本がみえない』。

今の私の漠然とした不安やもやもやとほとんど同じ感覚がする。

そしてもう一編。









『冬に死す』





蛾が

静かに障子の桟からおちたよ

死んだんだね





なにもしなかったぼくは

こうして

なにもせずに

死んでゆくよ

ひとりで

生殖もしなかったの

寒くってね

なんにもしたくなかったの

死んでゆくよ

ひとりで





なんにもしなかったから

ひとは すぐにぼくのことを

忘れてしまうだろう

いいの ぼくは

死んでゆくよ

ひとりで





こごえた蛾みたいに








軍隊に入る前の彼は、伊勢の豪商の次男に生まれ、坊ちゃんらしくのびのび育って文学青年となり、東京で好きな映画や音楽や女の子にかこまれ、生きていた。

その生き様や悩みや苦しみは(悪いけど)ほほえましくなるほどに「青春」いっぱいで、きらきらしている。

根っから明るい、楽しい人だったんだろうな。

だけどそんな彼も徴兵され、外地へと戦いに行く時がやってくる。







『ぼくもいくさに往くのだけれど』





街はいくさがたりであふれ

どこへいっても往くはなし 勝ったはなし

三ヶ月もたてばぼくも往くのだけれど

だけど こうしてぼんやりしている



ぼくがいくさに往ったなら

一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな



だれもかれもおとこならみんな往く

ぼくも往くのだけれど 往くのだけれど



なんにもできず

蝶をとったり 子供とあそんだり

うっかりしていて戦死するかしら



そんなまぬけなぼくなので

どうか人なみにいくさができますよう

成田山に願かけた








とても平易で単純な言葉ばかり、でもまっすぐで素直な言葉ばかり。

自分の詩について、恋について、死について、戦争について、不安に押しつぶされて泣き出しそうになりながら、一生懸命考えようと受け止めようとする姿がまっすぐに届く。

そしてこの屈託のない明るい笑顔も「ひょんと消えて」しまってもういない。







うちのじいちゃんは去年88歳で死んでしまったのだけど、

じいちゃんも太平洋戦争中、中国大陸から南洋諸島の激戦を転々とし、奇跡的に生き残った。

そして結婚して、子供が生まれて、その子供が結婚して、私がいる。

でもじいちゃんだって「ひょんと消えて」ておかしくなかったはずなのに。

弾は偶然竹内浩三を通り抜け、じいちゃんを避け、その結果私が偶然生まれてきた。

私はじいちゃんからいろんなものを受け継いできたけど、やっぱりこの命が一番大きい。





死ぬ数ヶ月前の夏、卒論にかこつけて私はじいちゃんと一日対談した。

ちょうど8月で、空は真っ青に晴れ渡り、赤瓦の屋根の下には私とじいちゃん二人だけ。

まさか数ヵ月後に死ぬなんて思いもよらないふたりは、昔話はもちろんのこと私の来年の就職やら男絡みの人生相談まで延々としゃべり続けた。



話はちっともまとまらず、あっちにいったりこっちにいったり、途中でおなかがすいて、じいちゃんは台所に立った。

最近一番若い嫁に教えてもらったスクランブルエッグをつくってくれた。

ばあちゃんが死んでから、元々手先の器用なこともあり、出来る限り自分で自炊しているのだという。

…孫はちっともできてませんけどね…





「…あっ、しまった、火を消してから卵入れるっていってたかね」





と失敗して悔しそうにしながらも、朝ご飯に自分でつくった人参の炒め物といっしょに皿によそい、私がご飯と麦茶を用意して、ふたりでテーブルの上に並べる。

その間も喋り続け、途中で互いに居眠りしながら喋りつづけ、時々涙ぐみながら喋り続け、いつしかふたりして縁側で昼寝をした夏。





浩三より4つ5つほど年上だったじいちゃんは、20代のほとんどを戦争に費やしてきたという。徴兵されたのが21歳で、骨と皮になって帰ってきたのが28歳。

その間に母親は病死、実家の田畑も売り払われて身を置く場所もなかったという。

じいちゃんにとっての青春は、16歳で出稼ぎのため台湾へ渡った頃。

その時代の話をするじいちゃんは相当楽しそうで、そのものの考え方や生き方、楽しみ方はとても魅力的だった。

勿論、辛いことだって沢山あったはずだけど。





戦争の話も勿論した。

したけれど、やっぱり一番辛い話はきっと封印したのだろうし、私も勉強不足が怖くてきけなかった。

後からじいちゃんの属した師団の後を追ったら、私でも知ってる激戦地を転々としていて、あの飄々とした語りの裏にどれだけの血と恐怖があるのか、想像だにできない。







「ジャングルの中であっちからタマが来るな、と思ったらこっちの木にひょいっと逃げて、こっちからくると思ったらさっとあっちに逃げて」





そんなにうまくいったはずがない。

ひょいっと避けてあたってたっておかしくなかったのに、と思ってぞっとする。



衛生兵なら死ぬ確率も下がるだろうかと必死で勉強して試験を受けたという。



中国で腰に負傷してから南方行きが決定し、その途中停泊した台湾で、どうか負傷兵として入院できないものかと健康診断を受けたがダメだった。



その船が爆破されて海中を彷徨い、一晩波に揺られて腰のカツオブシをかじって生き延びた。(以来立ち泳ぎは身を救う、と私にも度々教えてくれたのだが…未だひとかきも泳げませんーー;)





じいちゃんの語りは滑らかで明るかった。

けど、それだけじゃなかったはず。

それ以上はきけない、もっと勉強して、私がもっと受け止められるようになってから。

そう思ってその夏は別れ…正月に会ったときは末期癌の重体で、声を出すのもやっとだった。

泣く泣く京都に戻り、一ヶ月。

支離滅裂な「卒論」を書き上げたまさにその瞬間、母から電話があり、今死んだと告げられた。





一族かわるがわる見舞いに訪れた病室で、私はじいちゃんの血と膿の匂いをかいだ。

ガーゼの下で膨れ上がった癌細胞はじいちゃんの精気を吸い取り、不気味に成長し続け、その眠りを奪い、転移しまくって激痛を呼び、それでもじいちゃんは最後の最後まで強気なフリをし続けた。

妹が付き添い中に出血し、布団に飛び散った自分の血に思わず叫んだこともあった。

だが、そんな自分以上に狼狽する妹をみて、「大丈夫だ」と気を取り直し、後で「びっくりさせてごめん」と言ったという。





最後の最後には、「モルヒネを打て」と叫んだらしい。

戦争中、負傷にのたうち苦しむ仲間がそう叫んだのを聞いたのかもしれない。

そして打ったのかもしれない。





最後の言葉は、





「アンマー(おかあさん)」





だった、と思う、と母が言った。

これは沖縄本島の方言なので、なぜ島言葉で「アブ」とか「アブタ」と言わなかったのか謎だ、とも。

もし本当に「おかあさん」だったとしたら。。





あの血と膿の匂いを、私は一生忘れないでおこうと思った。

死んだ人は日々過去になってしまうから、悲しみもいずれ薄くなってゆくから。

でも、この匂いだけは覚えておこうと思ったのだ。

じいちゃんが生きた証、生きている証、生きて苦しんでいる証を覚えておきたかった。





私は来週島に帰る。

相変わらず、迷いつつふらふらしつつ。

いつもどおり墓と仏壇に「帰ってきたよー」と挨拶してから、旧盆の準備だ。

親との対話もやっかいだけど、避けられない。



そしてもうすぐ8月が終る。

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